宇治拾遺物語 - 006 中納言師時法師の玉茎検知の事

これも今は昔中納言師時といふ人おはしけり。その御許に殊の外に色黒き墨染の衣の短きに不動袈裟といふ袈裟掛けて木欒子の念珠の大きなる繰下げたる聖法師入り来て立てり。中納言。あれは何する僧ぞ。と尋ねらるるに殊の外に声を哀れげになして。仮の世にはかなく候ふを忍び難くて無始よりこの方生死に流転するは詮ずるところ煩悩にひかへられて今にかくてうき世を出でやらぬにこそ。これを無益なりと思ひ取りて煩悩を切り捨てて。偏にこの度生死の境を出でなん。と思ひ取りたる聖人に候ふ。と云ふ。中納言。さて煩悩を切り捨つとはいかに。と問ひ給へば。くはこれを御覧ぜよ。と云ひて衣の前を掻き上げて見すれば誠にまめやか物はなくてひげばかりあり。こは不思議の事かな。と見給ふほどに下にさがりたる袋の殊の外に覚えて。人やある。と呼び給へば侍二三人出で来たり。
中納言。その法師引き張れ。と述給へば聖目伸をして阿弥陀仏申して。疾く疾くいかにもし給へ。と云ひて哀れげなる顔気色をして足を打広げて微睡たるを中納言。足を引き広げよ。と述給へば二三人寄りて引き広げつ。
さて小侍の十二三ばかりなるがあるを召し出でて。あの法師の股の上を手を広げて上げ下し摩れ。と述給へばそのままに豊肥なる手して上げ下し摩る。とばかりあるほどにこの聖目伸をして。今はさておはせ。と云ひけるを中納言。よげになりにたり。ただ摩れ。それそれ。とありければ聖。さま悪しく候ふ。今はさて。と云ふをあやにくに摩り伏せけるほどに毛の中より松茸の大きやかなる物のふらふらと出で来て腹にすはすはと打ち付けたり。中納言を始めてそこら集ひたる者ども諸声に笑ふ。聖も手を打ちて伏し転び笑ひけり。
早うまめやか物を下の袋へひねり入れて続飯にて毛を取り付けてさり気なくして人を謀りて物を乞はんとしたりけるなり。狂惑の法師にてありける。