旅人の宿覓めけるに大きやかなる家の荒れたるがありけるに寄りて。此処に宿し給ひてんや。と云へば女声にて。善きこと宿り給へ。と云へば皆おり居にけり。屋大きなれども人のあり気もなし。ただ女一人ぞある気はひしける。
かくて夜明けにければ物食ひしたためて出でて行くをこの家にある女出で来て。え出でおはせじ。留まり給へ。と云ふ。こはいかに。と問へば。己が金千両を負ひ給へり。その弁済してこそ出で給はめ。と云へばこの旅人の従者ども笑ひて。あらじや。さんなめり。と云へばこの旅人。暫し。と云ひてまたおり居て皮子乞ひ寄せて幕引き廻らして暫しばかりありてこの女を呼びければ出で来にけり。
旅人問ふやうは。この親はもし易の占と云ふ事やせられし。と問へば。いささや侍りけん。そのし給ふやうなる事はし給ひき。と云へば。さるなる。と云ひて。さても何事にて。千両の金負ひたるその弁済せよ。とは云ふぞ。と問へば。己が親の亡せ侍りし折に世の中にあるべき程の物など得させ置きて申ししやう。今なん十年ありてその月に此処に旅人来て宿らんとす。その人は我が金を千両負ひたる人なり。それにその金を乞ひて堪へ難からん折は売りて過ぎよ。と申ししかば今までは親の得させて侍りし物を少しづつも売り遣ひて今年となりては売るべき物も侍らぬままにいつしか。我が親の云ひし月日の疾く来かし。と待ち侍りつるに今日に当りておはして宿り給へれば。金負ひ給へる人なり。と思ひて申すなり。と云へば。金の事は誠なり。さる事あるらん。とて女を片隅に引きて行きて人にも知らせで柱を敲かすれば空虚なる声のする所を。くはこれが中に述給ふ金はあるぞ開けて少しづつ取り出でて遣ひ給へ。と教へて出でて去にけり。
この女の親の易の占の上手にてこの女の有様を考へけるに。今十年ありて貧しくならんとす。その月日易の占する男来て宿らんずる。と考へて。かかる金あると告げてばまだしきに取り出でて使ひ失ひてば貧しくならんほどに遣ふ物なくて惑ひなん。と思ひてしか云ひ教へて死しける後にもこの家をも売り失はずして今日を待ちつけてこの人をかく責めければこれも易の占するものにて心を得て占ひ出だして教へて出でて往にけるなりけり。易の卜は行末を掌のやうにさして知る事にてありけるなり。