これも今は昔比叡の山に児ありけり。僧たち宵の徒然に。いざ掻餅せん。と云ひけるをこの児心よせに聞きけり。さりとてし出ださんを待ちて我が寝ざらんも悪ろかりなん。と思ひてかたかたによりて寝たる由にて出で来るを待ちけるに 既にし出だしたるさまにて犇き合ひたり。
この児。定めておどろかさんずらん。と待ち居たるに僧の。物申しさぶらはん。醒かせ給へ。と云ふを。嬉し。とは思へども。ただ一度に答へんも待ちけるかともぞ思ふ。とて。今一声呼ばれて答へん。と念じて寝たるほどに。やな起し奉りそ。幼き人は寝入り給ひにけり。と云ふ声のしければ。
あな侘し。と思ひて。今一度起せかし。と思ひ寝に聞けばひしひしとただ食ひに食ふ音のしければすべなくてな期の後に。えい。と答へたりければ僧達笑ふこと限りなし。