宇治拾遺物語 - 189 土佐判官代通清人違ひして関白殿に逢ひ奉る事

これも今は昔土佐判官代通清といふ者ありけり。歌を詠み源氏狭衣などを諳べ花の下月の前とすきありきけり。かかる好物なれば後徳大寺左大臣。大内の花見んずるに必ず。と誘はれければ通清。めでたき事にあひたり。と思ひてやがて破車に乗りて行くほどに後より車二つ三つばかりして人の来れば。疑ひなくこの左大臣のおはする。と思ひて尻の簾をかきあげて。あなうたてあなうたて。疾く疾くおはせ。と扇を開きて招きけり。はやう関白殿の物へおはしますなりけり。招くを見て御供の随身馬を走らせて駆け寄せて車の尻の簾をかり落としてけり。その時ぞ通清あわて騒ぎて前より転び落ちけるほどに烏帽子落ちにけり。いといと不便なりけりとか。好きぬる物は少し迂愚にもありけるにや。

宇治拾遺物語 - 190 極楽寺僧仁王経の験を施す事