宇治拾遺物語 - 038 絵仏師良秀家の焼くるを見て悦ぶ事

これも今は昔絵仏師良秀といふ者ありけり。家の隣より火出で来て風おしほひて責めければ逃げ出でて大路へ出でにけり。人の書かする仏もおはしけり。また衣絹妻子などもさながら内にありけり。それも知らずただ逃げ出でたるをことにして向ひのつらに立てり。見れば既に我が家に移りて煙炎くゆりけるまで大方向ひのつらに立ちて眺めければあさましき事とて人ども来訪ひけれど騒がず。いかに。と人云ひければ向ひに立ちて家の焼くるを見て打頷きて時々笑ひけり。哀れしつる所得かな。年比は悪ろく書きける物かな。と云ふ。時に訪ひに来たる者ども。こはいかにかくては立ち給へるぞ。あさましきことかな。物の憑き給へるか。と云ひければ。何条物の憑くべきぞ。年比不動尊の火焔を悪しく書きけるなり。今見れば。かうこそ燃えけれ。と心得つるなり。これこそ所得よ。この道を立てて世にあらんには仏だに善く書き奉らば百千の家も出できなん。吾党たちこそさせる能もおはさねば物をも惜しみ給へ。と云ひてあざ笑ひてこそ立てりけれ。
その後にや。良秀がよぢり不動。とて今に人々めであへり。