宇治拾遺物語 - 032 柿の木に仏現ずる事

昔延喜の御門御時五条の天神の辺に大きなる柿の木の実ならぬあり。その木の上に仏現れておはします。京中の人挙りて参りけり。馬車も立て敢へず人もせき敢へず拝み喧騒りけり。
かくするほどに五六日あるに右大臣殿心得ず思し給ける間。誠の仏の世の末に出で給ふべきにあらず。我行きて試みん。と思して昼の装束美はしくして梹榔の車に乗りて御前多く具して集まり集ひたる者ども退けさせて車かけ外して榻を立てて木末を目もたたかず他見もせずして凝視りて一時ばかりおはするにこの仏暫しこそ花も降らせ光をも放ち給ひけれ、余りに余りに凝視られてし侘て大きなる糞鵄の羽折れたる土に落ちて惑ひふためくを童部ども寄りて打殺してけり。大臣は。さればこそ。とて帰り給ひぬ。さて時の人この大臣を。いみじく賢き人にておはします。とぞ評判りける。