宇治拾遺物語 - 033 大太郎盗人の事

昔大太郎とていみじき盗人の大将軍ありけり。それが京へ上りて。物取りぬべき所あらば入りて物取らん。と思ひて窺ひ歩りきけるほどに周囲も荒れ門なども片々は倒れたる横様に寄せ掛けたる所のあだげなるに男といふものは一人も見えずして女の限りにて、張物多く取り散らしてあるに合はせて八丈売る者など数多呼び入れて絹多く取り出でて撰り換へさせつつ物どもを買へば。物多かりける所かな。と思ひて立ちとまりて見入るれば折しも風の南の簾を吹き上げたるに簾の内に何の入りたりとは見えねども皮子のいと高く打積まれたる前に蓋開きて絹なめりと見ゆる物取り散らしてあり。これを見て。嬉しきわざかな。天道の我に物を給ぶなりけり。と思ひて走り帰りて八丈一疋人に借りては来て売るとて近く寄りて見れば内にも外にも男と云ふものは一人もなし。ただ女どもの限りして見れば皮子もおほかり。物は見えねど堆高く蓋掩はれ絹なども殊の外にあり。布打散らしなどしていみじく物多くありげなる所かな。と見ゆ。
高く云ひて八丈をば売らで持ちて帰りて主に取らせて同類どもに。かかる所こそあれ。と云ひ廻してその夜来て門に入らんとするに沸り湯を面に懸くるやうに覚えてふつとえ入らず。こはいかなる事ぞ。とて集まりて入らんとすれどせめて物の恐ろしかりければ。あるやうあらん、。今宵は入らじ。とて帰りにけり。
翌朝。さてもいかなりつる事ぞ。とて同類など具して売物など持たせて来て見るにいかにも煩はしき事なし。物多くあるを女どもの限りして取出で取納めすれば事にもあらず。と返す返す思ひみふせてまた暮るれば能く能くしたためて入らんとするになほ恐ろしく覚てえ入らず。わぬし先づ入れ先づ入れ。と云ひたちて今宵もなほ入らずなりぬ。
また翌朝も同じやうに見ゆるになほ気色異なる物も見えず。ただ我が臆病にて覚ゆるなめり。とてまたその夜能くしたためて行き向ひて立てるに日比よりもなほ物恐ろしかりければ。こはいかなる事ぞ。と云ひて帰りて云ふやうは。事をおこしたらん人こそは先づ入らめ。先づ大太郎が入るべき。と云ひければ。さも云はれたり。とて身をなきにして入りぬ。それに取付きてかたへも入りぬ。
入りたれどもなほ物の恐ろしければやはら歩み寄りて見れば荒らなる屋のうちに火灯したり。母屋の際に掛けたる簾をば下ろして簾の外に火をば灯したり。誠に皮子多かり。かの簾の中の恐ろしく覚ゆるに合はせて簾の内に矢を爪縒るる音のするがその矢の来て身に立つ心地して云ふばかりなく恐ろしく覚えて帰り出づるも背をそらしたるやうに覚えて構へて出でえて汗を拭ひて。こはいかなる事ぞ。あさましく恐ろしかりつる爪縒りの音かな。と云ひ合はせて帰りぬ。
そのつとめてその家の傍に大太郎が知りたりけることのありける家に行きたれば見付けていみじく饗応して。いつ上り給へるぞ。覚束なく侍りつる。など云へば。只今参で来つるままに参で来たるなり。と云へば。土器参らせん。とて酒わかして黒き土器の大なるを杯にして土器とりて大太郎にさして家主人飲みて土器渡しつ。大太郎取りて酒を一土器受けて持ちながら。この北には誰が居給へるぞ。と云へば驚きたる気色にて。まだ知らぬか。大矢の佐たけのぶのこの比上りて居られたるなり。と云ふに。さは入りたらましかばみな数を尽して射殺されなまし。と思ひけるに物も覚えず臆してその受けたる酒を家主人に頭より打かけて立ち走りけるものはうつぶしに倒れにけり。
家主人あさましと思いて。こはいかにこはいかに。と云ひけれど顧みだにもせずして逃げて去にけり。大太郎がとられて武者の城の恐ろしき由を語りけるなり。