宇治拾遺物語 - 044 多田新発郎等の事

これも今は昔多田満仲の許に猛く悪しき郎等ありけり。物の命を殺すをもて業とす。野に出で山に入りて鹿を狩り鳥を取りて僅かの善根する事なし。
ある時出でて狩する間馬を馳せて鹿追ふ。矢を矧げ弓を引きて鹿にしたがひて走らせて行く道に寺ありけり。その前を過ぐるほどにきと見遣りたれば内に地蔵立ち給へり。左の手を以ちて弓を取り右の手して笠を脱ぎていささか帰依の心を出だして馳せ過ぎにけり。その後いくばくの年をへずして病づきて日比重く苦しみ煩ひて命絶えぬ。
冥途に行き向ひて炎魔の庁に召されぬ。見れば多くの罪人罪の軽重に随ひて打ちせため罪せらるる事いといみじ。我が一生の罪業を思ひ続くるに涙落ちてせんかたなし。かかるほどに一人の僧出で来たりて述給はく。汝を助けんと思ふなり。早く故郷に帰りて罪を懺悔すべし。と述給ふ。僧に問ひ奉りて曰く。これは誰の人のかくは仰らるるぞ。と。僧答えて述給はく。我は汝鹿を追ふて寺の前を過ぎしに寺の中にありて汝に見えし地蔵菩薩なり。汝罪業深重なりといへども僅か我に帰依の心の起しし業によりて我今汝を助けんとするなり。と述給ふと思ひて甦りて後は殺生を長くたちて地蔵菩薩に仕うまつりけり。