今は昔甲斐国に館の侍なりける者の夕暮に館を出でて家ざまに行ける道に狐の逢ひたりけるを追ひ懸けて引目して射ければ狐の腰に射当ててけり。狐射転ばかされて鳴き侘びて腰を引きつつ草に入りにけり。この男引目を取りて行くほどにこの狐腰を引きて先に立ちて行くにまた射んとすれば失せにけり。
家今四五町かとて見えて行くほどにこの狐二町ばかり先立ちて火を銜へて走りければ。火を銜へて走るはいかなる事ぞ。とて馬をも走らせけれども家の許に走り寄りて人になりて火を家に放けてけり。人のつくるにこそありけれ。とて矢を矧げて走らせけれどもつけ果てければ狐になりて草の中に走り入て失せにけり。さて家焼けにけり。かかる物も忽ちに讐を報ふなり。これを聞きてかやうの物をば構へて打ずまじきなり。