宇治拾遺物語 - 076 仮名暦あつらへたる事

これも今は昔ある人の許になま女房のありけるが人に紙乞ひてそこなりける若き僧に。仮名暦書きて給べ。と云ひければ僧。安き事。と云ひて書たりけり。
初めつ方は麗しく。かみほとけによし。坎日凶会日。など書たりけるが漸々末ざまになりて。ある物くはぬ日。など書きまた。これぞあればよく食ふ日。など書きたり。
この女房。やうかる暦かな。とは思へどもいとかうほどには思ひ寄らず。さる事にこそ。と思ひてそのままに違へず。
またある日は。はこすべからず。と書きたれば。いかに。とは思へども。然こそあらめ。とて念じて過ぐすほどに長凶会日の様に。はこすべからずはこすべからず。と続け書きたれば二日三日までは念じゐたるほどに大方堪ふべきやうもなければ左右の手にて尻を抱へて。いかにせんいかにせん。とよぢりすぢりするほどに物も覚えずしてありけるとか。