宇治拾遺物語 - 086 清水寺に二千度参詣の者双六に打入るる事

今は昔人の許に宮仕してある生侍ありけり。する事のなきままに清水へ人真似して千度詣を二度したりけり。その後いくばくもなくして主の許にありける同じやうなる侍と双六を打ちけるが多く負けて渡すべき物なかりけるにいたく責めければ思ひ侘びて。我持たる物なし。只今貯へたる物とては清水に千度参りたるのみなんある。それを渡さん。と云ひければ傍らにて聞く人は。はかるなり。と迂愚に思ひて笑ひけるをこの勝ちたる侍。いと善き事なり。渡さば得ん。と云ひて。いなかくては受け取らじ。三日してこの由申して己渡す由の文書きて渡さばこそ受け取らめ。と云ひければ。善き事なり。と契りてその日より精進して三日といひける日。さはいざ清水へ。と云ひければこの負侍。この痴者に逢ひたる。とをかしく思ひて喜びつれて参りにけり。云ふままに文書きて御前にて師の僧呼びての由申しさて。二千度参りつる事某に双六に打入れつ。と書きて取らせければ受け取りつつ喜びて伏し拝みて罷り出でにけり。
その後幾程なくしてこの負侍思ひ懸けぬ事にて捕へられて獄に居にけり。取りたる侍は思ひ懸けぬ便ある妻まうけていとよく徳つきて司などなりて裕福しくてぞありける。目に見えぬものなれど誠の心を致して受け取りければ仏哀れと思しめしたりけるなんめり。とぞ人は云ひける。