宇治拾遺物語 - 094 三条中納言水飯の事

今は昔三条中納言といふ人ありけり。三条右大臣の御子なり。才賢くてもろこしの事この世の事皆知り給へり。心ばへ賢く胆太くおしからだちてなんおはしける。笙の笛をなん極めて吹き給ひける。長高く大きに太りてなんおはしける。
太りの余りせめて苦しきまで肥え給ひければ薬師重秀を呼びて。かくいみじう太るをばいかがせんとする。立居などするが身の重くいみじう苦しきなり。と述給へば重秀申すやう。冬は湯づけ夏は水づけにて物を食すべきなり。と申しけり。そのままに食しけれどただ同じやうに肥え太り給ひければせん方なくてまた重秀を召して。云ひしままにすれどその験もなし。水飯食ひて見せん。と述給ひて男ども召すに候ひ一人参りたれば。例のやうに水飯して持て来。と云はれければ暫しばかりありて御台持て参るを見れば御台かたがたよそひ持て来て御前に据ゑつ。
御台に箸の台ばかり据ゑたり。続きて御盤捧げて参る。御まかなひの台にすうるを見れば御盤に白き干瓜三寸ばかりに切りて十ばかり盛りたり。また鮨鮎のおせぐくに広らかなるが尻頭ばかり押して三十ばかり盛りたり。大なる金椀を具したり。皆御台にとり据ゑたり。今一人の侍大きなる銀の提に銀の匙をたてて重たげに持て参りたり。金椀を給びたれば匙に御物を抄ひつつ高やかに盛り上げてそばに水を少し入れて参らせたり。殿台を引き寄せ給ひて金椀を取らせ給へるに。さばかり大きにおはする殿の御手に大きなる金椀かな。と見ゆる。けしうはあらぬ程なるべし。干瓜三切ばかりに食ひ切りて五つ六つばかり参りぬ。次に鮨を二切ばかりに食ひ切りて五つ六つばかり安らかに参りぬ。次に水飯を引き寄せて二度ばかり箸を廻し給ふと見るほどにおもの皆失せぬ。また。とてさし給はす。さて二三度に提の物皆になればまた提に入れて持て参る。重秀これを看て。水飯を役と食すともこの掟に食さば更に御太り直るべきにあらず。とて逃げて去にけり。さればいよいよ相撲などのやうにてぞおはしける。