宇治拾遺物語 - 109 くうすけが仏供養の事

くうすけといひて兵だつる法師ありき。親しかりし僧の許にぞありし。その法師の。仏を造り供養し奉らばや。と云ひ渡りければ打聞く人。仏師に物取らせて造り奉らんずるにこそ。と思ひて仏師を家に呼びたれば。三尺の仏造り奉らんとするなり。奉らんずる賃どもはこれなり。とて取り出でて見せければ仏師善き事と思ひて取りていなんとするに云ふやう。仏師に賃奉りて遅く造り奉れば我身も腹だたしく思ふ事も出でて責めいはれ給ふ仏師もむつかしうなれば功徳つくるもかひなく覚ゆるにこの物どもはいと善き物どもなり。封付けて此処に置き給ひてやがて仏をも此処にて造り給へ。仏作出だし奉り給へらん日皆ながら取りておはすべきなり。と云ひければ仏師。うるさき事かな。とは思ひけれど物多く取らせたりければ云ふままに仏造り奉るほどに。仏師の許にて造り奉らましかば其処にてこそは物はまゐらましか。此処にいまして。物食はん。とやは述給はまし。とて物も食はせざりければ。さる事なり。とて我が家にて物打食ひてはつとめて来て一日造り奉りて夜さりは帰りつつ日比経て造り奉りて。この得んずる物をつのりて人に物を借りて漆ぬらせ奉り薄買ひなどしてえも云はず造り奉らんとす。かく人に物を借らんよりは漆の価の程は先づ得て薄も著せ漆ぬりにも取らせん。と云ひけれども。何どかく述給ふぞ。始め皆申ししたためたる事にはあらずや。物は群らかに得たるこそ善けれ。細々に得んと述給ふわろき事なり。と云ひて取らせねば人に物をば借たりけり。
かくて造り果て奉りて仏の御眼など入れ奉りて。物得て帰らん。と云ひければ。いかにせまし。と思ひ廻して小女子どもの二人ありけるをば。今日だにこの仏師に物して参らせん。何も取りて来。とて出だし遣りつ。我もまた物取りて来んずるやうにて太刀引き佩きて出でにけり。ただ妻一人仏師に向はせて置きたりけり。
仏師仏の御眼入れはてて男の僧帰り来たらば物よく食ひて封付けて置きたりし物ども得て家に持て行きて。その物はかの事に遣はん。かの物はその事に遣はん。と支度し思ひけるほどに法師こそこそとして入り来るままに目を瞋らかして。人の妻犯く者あり。やうやうをうをう。と云ひて太刀抜きて仏師を斬らんとて走り懸かりければ仏師。頭打割られぬ。と思ひて立ち走り逃げけるを追ひ着きて斬りはづし斬りはづしつつ追ひ逃して云ふやうは。妬き奴を逃しつる。しや頭打割らんとしつる物を。仏師は必ず人の妻や犯きける。己後に逢はざらんやは。とねめかけて帰りにければ仏師逃げのきて息つきたちて思ふやう。畏く頭を打割られずなりぬる。後に逢はざらんやは。とねめずばこそ腹の立つ程。かくしつるか。とも思はめ見え逢はばまた。頭割らん。ともこそ云へ。千万の物命に増す物なし。と思ひて物の具をだに取らず深く隠れにけり。薄漆の料に物借りたりし人使をつけて責めければ仏師とかくして返しけり。
かくてくうすけ。かしこき仏を造り奉りたる。いかで供養し奉らん。など云ひてければこの事を聞きたる人々笑ふもあり悪むもありけるに。善き日取りて仏供養し奉らん。とて主にも乞ひ知りたる人にも物乞ひ取りて講師の前人にあつらへさせなどしてその日になりて講師呼びければ来にけり。
下りて入るにこの法師出で迎ひて出居を掃きて居たり。こはいかにし給ふ事ぞ。と云へば。いかでかく仕う奉らでは候はん。とて名簿を書きて取らせたりければ講師は。思ひがけぬ事なり。と云へば。今日より後は仕うまつらんずれば参らせ候ふなり。とて善き馬を引き出だして。こと物は候はねばこの馬を御布施には奉り候はんずるなり。と云ふ。また鈍色なる衣のいと善きを包みて取り出だして。これは女の奉る御布施なり。とて見すれば講師笑みまけて。善し。と思ひたり。
前の物設けて据ゑたり。講師食はんとするに云ふやう。先づ仏を供養して後物を食すべきなり。と云ひければ。然る事なり。とて高座に昇りぬ。布施善き物どもなりとて講師心に入れてしければ聞人も尊がりこの法師もはらはらと泣きけり。
講果てて鐘打ちて高座より下りて物食はんとするに法師寄り来て云ふやう手を摩りて。いみじく候ひつるものかな。今日よりは長く頼み参らせんずるなり。奉仕人となりたれば御まかりに候ふ人は御さがりたべ候ひなん。とて箸をだに立てさせずして取りて持ちて往ぬ。これをだに怪しと思ふほどに馬を引き出だして。この馬端乗に給はり候はん。とて引返していぬ。衣を取りて来れば。さりともこれは得させんずらん。と思ふほどに。己そうづに給はり候はん。とて取りて。さらば帰らせ給へ。と云ひければ夢に富したるらん心地して出でて往にけり。
こと所に呼ぶありけれど。これは善き馬など布施に取らせんとす。とかねて聞きければ。人の呼ぶ所には往かずして此処に来ける。とぞ聞きし。かかりとも少しの功徳は得てんや。いかがあるべからん。