今は昔村上の御時古き宮の御子にて左京大夫なる人おはしけり。長少し細高にていみじう貴やかなる姿はしたれども様体なども迂愚なりけり。頑なはしき様ぞしたりける。頭の鐙頭なりければ纓は背にもつかず離れてぞ振られける。色は花をぬりたるやうに青白にて眶窪く鼻のあざやかに高く赤し。唇薄くて色もなく笑めば歯がちなるものの歯肉赤くて鬚も赤くて長かりけり。声は鼻声にて高くて物云へば一内響きて聞えける。歩めば身を振り尻をふりてぞ歩りきける。色のせめて青かりければ。青常の君。とぞ殿上の君達は付けて笑ひける。
若き人達の起居に付けて安からず笑ひ喧騒りければ御門聞し召し余りて。この男どものこれをかく笑ふ便なき事なり。父の御子聞かば制せずとて我を怨みざらんや。など仰せられて真実やかに誡み給へば殿上の人々したなきをして皆笑ふまじき由云ひ合へりけり。
さて云ひ合へるやう。かく誡めば今より永く起請す。もしかく起請して後。青常の君。と呼びたらん者をば酒菓物など取り出ださせて贖ひせん。と云ひ固めて起請して後いくばくもなくて堀川殿の殿上人にておはしけるがあうなく立ちて行く後手を見て忘れて。あの青常丸はいづち行くぞ。と述給ひてけり。殿上人ども。かく起請を破りつるはいと便なき事なり。とて。云ひ定めたるやうに速かに酒菓物取りにやりてこの事贖へ。と集まりて責め喧騒りければ争ひて。せじ。とすまひけれど実やかに実やかに責めければ。さらば明後日ばかり青常の君の贖ひせん。殿上人蔵人その日集まり給へ。と云ひて出で給ひぬ。
その日になりて。堀川中将の青常の君の贖ひすべし。とて参らぬ人なし。殿上人居並びて待つほどに堀川中将直衣姿にて形は光るやうなる人の香はえも云はず香ばしくて愛敬こぼれにこぼれて参り給へり。直衣の長やかに愛でたき裾より青き打ちたる出衵して指貫も青色の指貫を著たり。随身三人青き狩衣袴著せて一人には青く色どりたる折敷に青磁の皿に獼猴桃を盛りて捧げたり。今一人は竹の枝に山鳩を四つ五つばかり付けて持たせたり。また一人には青磁の瓶に酒を入りて青き薄様にて口を包みたり。
殿上の前に持ち続きて出でたれば殿上人ども見て諸声に笑ひ響む事夥し。御門聞かせ給ひて。何事ぞ。殿上に夥しく聞ゆるは。と問はせ給へば女房。兼通が青常呼びて候へばその事に依りて男どもに責められてその罪贖ひ候ふを笑候ふなり。と申しければ。いかやうに贖ふぞ。とて日の御座に出でさせ給ひて小蔀より覗かせ給ひければ我より始めてひた青なる装束にて青き食物どもを持たせて贖ひければ。これを笑ふなりけり。と御覧じてえ腹立たせ給はでいみじう笑はせ給ひけり。その後は真実やかに誡む人もなかりければいよいよなん笑ひ嘲りける。