宇治拾遺物語 - 180 北面の女雑仕六の事

これも今は昔白河院の御時北面の雑使に巧者き女ありけり。名をば。六。とぞいひける。殿上人どももてなし興じけるに雨打ちそぼ降りて徒然なりける日ある人。六呼びて徒然慰めん。とて使をやりて。六呼びて来。と云ひければ程もなく。六召して参りて候ふ。と云ひければ。あなたより内の出居の方へ具して来。と云ひければ侍出で来て。此方へ参り給へ。と云へば。便なく候ふ。など云へば侍帰り来て。召し候へば。便なく候ふ。と申して恐れ申し候ふなり。と云へば。拒辞て云ふにこそ。と思ひて。などかくは云ふぞ。ただ来。と云へども。僻事にてこそ候ふらめ。先々も内御出居などへ参る事も候はぬに。と云ひければこの多く居たる人々。ただ参り給へ。やうぞあるらん。と責めければ。ずちなき態に候へども召しにて候へば。とて参る。
この主見やりたれば刑部の録といふ庁官鬢鬚に白髪まじりたるが木賊の狩衣に襖袴着たるがいと端正しくさやさやとなりて扇を笏に取りて少し俯伏して蹲り居たり。大方いかに云ふべしとも覚えず。物も云はれねばこの庁官いよいよ恐れかしこまりて俯したり。主さてあるべきならねば。やや庁にはまた何者か候ふ。と云へば。それがしかれがし。と云ふ。いと実々しくも覚えずして庁官後ろざまへすべり行く。この主。かう宮仕へするこそ神妙なれ。見参には必入れんずるぞ。疾う罷りね。とこそやりてけれ。この六後に聞きて笑ひけりとか。

宇治拾遺物語 - 181 仲胤僧都連歌の事