宇治拾遺物語 - 187 賀茂祭のかへり武正兼行御覧の事

これも今は昔賀茂祭の供に下野の武正秦の兼行きつかはしたりけり。そのかへさ法性寺殿紫野にて御覧じけるに武正兼行殿下御覧ずと知りて殊に引つくろひて渡りけり。武正殊に気色して渡る。次に兼行また渡る。各取り取りに云ひ知らず。
殿御覧じて。今一度北へ渡れ。と仰せありければまた北へ渡りぬ。さてあるべきならねばまた南へ帰り渡るにこの度は兼行先に南へ渡りぬ。次に武正渡らんずらん。と人々待つほどに武正やや久しく見えず。こはいかに。と思ふほどに向ひに引きたる幔より東を渡るなりけり。いかにいかに。と待けるに幔の上より冠の巾子ばかり見えて南へ渡りけるを人々。なほすちなき者の心際なり。となん誉めけりとか。

宇治拾遺物語 - 188 土佐判官代通清人違ひして関白殿に逢ひ奉る事