宇治拾遺物語 - 054 佐渡国に金ある事

能登国には鉄といふ物の素鉄といふ程なるを取りて守に取らする者六十人ぞあんなる。実房といふ守の任に鉄取六十人が長なりける者の。佐渡国にこそ金の花咲きたる所はありしか。と人に云ひけるを守伝へ聞きてその男を守呼び取りて物とらせなどして賺し問ひければ。佐渡国には誠に金の侍るなり。候ひし所を見置きて侍るなり。と云へば。さらば行きて取りて来なんや。と云へば。遣はさば罷り候はん。と云ふ。さらば舟を出だし立てん。と云ふに。人をば給はり候はじ。ただ小舟一つと食物すこしとを給り候ひて罷り至りてもしやと取りて参らせん。と云へばただこれが云ふに任せて人にも知らせず小舟一つと食ふべき物少しとを取らせたりければそれを持て佐渡国へ渡りにけり。
一月ばかりありて打忘れたるほどにこの男ふときて守に目を見合はせたりければ守心えて人伝には取らで自ら出で合ひたりければ袖うつしに黒ばみたる裂帛に包みたる物を取らせたりければ守重げに引きさげて懐に引き入て帰り入りにけり。その後その金取の男は何処ともなく失せにけり。万に尋ねけれども行方も知らず止みにけり。いかに思ひて失せたりと云ふ事を知らず。金のある所を問ひ尋ねやすると思けるにや。とぞ疑ひける。その金八千両ばかりありけるとぞ語り伝へたる。かかれば。佐渡国には金ありける。由と能登国の者ども語りけるとぞ。