宇治拾遺物語 - 113 博打聟入の事

昔博打の子の年若きが目鼻一所に取り寄せたるやうにて世の人にも似ぬありけり。二人の親。これいかにして世にあらせんずる。と思ひてありける所に長者の家に愛育く女のありけるに。顔よからん聟取らん。と母の求めけるを伝へ聞きて。天の下の顔よしといふ人聟に成らんと述給ふ。と云ひければ長者喜びて。聟に取らん。とて日をとりて契りてけり。その夜になりて装束など人に借りて月は明かりけれど顔見えぬやうにもてなして博打ども集まりてありければ人々しく覚えて心にくく思ふ。
さて夜々往くに昼寝べきほどになりぬ。いかがせん。と思ひ廻らして博打一人長者の家の天井に昇りて二人寝たる上の天井をひしひしと踏み鳴らして厳めしく恐ろしげなる声にて。天の下の顔善し。と呼ぶ。家の内の者ども。いかなる事ぞ。と聞き惑ふ。聟いみじく怖ぢて。己をこそ世の人天の下の顔善しと云ふと聞け。いかなる事ならん。と云ふに三度まで呼べば答へつ。これはいかに答へつるぞ。と云へば。心にもあらで答へつるなり。と云ふ。鬼の云ふやう。この家の女はわが領して三年になりぬるを汝いかに思ひてかくは通ふぞ。と云ふ。さる御事とも知らで通ひ候ひつるなり。ただ御助け候へ。と云へば鬼。いといと憎き事なり。一言して帰らん。汝命と形と何れか惜しき。と云ふ。聟。いかが答ふべき。と云ふに舅姑。何ぞの御形ぞ。命だにおはせば。ただ形を。と述給へ。と云へば教への如く云ふに鬼。さらば吸ふ吸ふ。と云ふ時に聟顔を抱へて。あらあら。と云ひてふしまろぶ。鬼はあよび帰りぬ。
さて。顔はいかがなりたるらん。とて脂燭をさして人々見れば目鼻ひとつ所に取り据ゑたるやうなり。聟は泣きて。ただ命とこそ申べかりけれ。かかる容貌にて世の中にありては何かせん。かからざりつる前に顔を一たび見え奉らで大方はかく恐ろしき物に領ぜられたりける所に参りける過ちなり。とかこちければ舅いとほしと思ひて。この代りには我が持ちたる宝を奉らん。と云ひてめでたく愛護きければ嬉しくてぞありける。所の悪しきかとて別に善き家を造りて住ませければいみじくてぞありける。