土佐国幡多の郡に住む下衆ありけり。己が国にはあらでこと国に田を作りけるが己が住む国に苗代をして植うべきほどになりければその苗を舟に入れて植ゑん人どもに食はすべき物より始めて鍋釜鋤鍬唐鋤など云ふ物に至るまで家の具を舟に取り積みて十一二ばかりなる男子女子二人の子を舟のまもりめに乗せ置きて父母は。植ゑん。と云ふ者雇はんとて陸に倏忽に上りにけり。舟をば倏忽に思ひて少し引き据ゑて繋がずして置きたりけるにこの童部ども舟底に寝入りにけり。
潮の満ちければ舟は浮きたりけるをはなつきに少し吹き出されたりけるほどに干潮に引かれて遥に湊へ出でにけり。沖にてはいとど風吹き増りければ帆を上げたるやうにて行く。その時に童部起きて見るにかかりたる方もなき沖に出でければ泣き惑へどもすべき方もなし。何方とも知らずただ吹かれて行きにけり。
さるほどに父母は人ども雇ひ集めて舟に乗らんとて来て見るに舟なし。暫しは風隠にさし隠したるかと見るほどに呼び騒げども誰かは答へん。浦々求めけれどもなかりければ云ふ甲斐なくて止みにけり。
かくてこの舟は遥の沖にありける島に吹き付けてけり。童部ども泣く泣く下りて舟繋ぎて見ればいかにも人なし。帰るべき方も覚えねば島に下りて云ひけるやう。今はすべきかたなし。さりとては命を捨つべきにあらず。この食物のあらん限りこそ少しづつも食ひて生きたらめ。これ尽きなばいかにして命はあるべきぞ。いざこの苗の枯れぬさきに植ゑん。と云ひければ。実にも。とて水の流れのありける所の田に作りぬべきを求め出だして鋤鍬はありければ木を切りて庵などつくりける。
なり物の木の折りに生りたる多かりければそれを取り食て明し暮すほどに秋にもなりにけり。さるべきにやありけん作りたる田のよくて此方に作りたるにも殊の外勝りたりければ多く刈り置きなどしてさりとてあるべきならねば夫婦になりにけり。男子女子数多生み続けてまたそれが夫婦になりなりしつつ大きなる島なりければ田畠も多く作りてこの比はその妹背が生み続けたりける人ども島に余るばかりになりてぞあんなる。妹背島。とて土佐国の南の沖に在るとぞ人語りし。