宇治拾遺物語 - 127 晴明蛙を殺す事

この晴明ある時広沢僧正の御房に参りて物申し受け給はりける間若き僧どもの晴明に云ふやう。式神を使ひ給ふなるは忽ちに人をば殺し給ふや。と云ひければ。安くはえ殺さじ。力を入れて殺してん。と云ふ。さて虫なんどをば少しの事せんにも必ず殺しつべし。さて生くるやうを知らねば罪をえつべければさやうの事由なし。と云ふほどに庭に蛙の出で来て五つ六つばかり躍りて池の方ざまへ行きけるを。あれ一つさらば殺し給へ。こころみん。と僧の云ひければ。罪をつくり給ふ御坊かな。されども心み給へば殺して見せ奉らん。とて草の葉を摘み切りて物を読むやうにして蛙の方へ投げ遣りければその草の葉の蛙の上に懸かりければ蛙真平に拉げて死にたりけり。これを見て僧どもの色変りて。恐ろし。と思ひけり。
家の中に人なきをりはこの式神を使ひけるにや。人もなきに蔀を上げ下ろし門を鎖しなどしけり。