宇治拾遺物語 - 129 白河法皇北面受領の下りのまねの事

これも今は昔白河法皇鳥羽殿におはしましける時。北面の者どもに受領の国へ下るまねさせて御覧あるべし。とて玄蕃頭久孝と云ふ者をなして衣冠にきぬ出だしてその外の五位どもをば前駈せさせ衛府どもをば箙負にして。御覧あるべし。とて各錦唐綾を著て劣らじとしけるに左衛門尉字源行遠心殊に出で立ちて。人にかねて見えなば目馴れぬべし。とて御前近かりける人の家に入り居て従者を呼びて。やうれ御前の辺にて見て来。と見て参らせてけり。
無下に見えざりければ。いかにかうは遅きにか。と辰の時とこそ催しはありしか。下ると云ふ定午未の時には渡らんずらんものを。と思ひて待ち居たるに門の方に声して。哀れゆゆしかりつるものかなゆゆしかりつるものかな。と云へども。ただ参る者を云ふらん。と思ふほどに。玄蕃殿の国司姿こそをかしかりつれ。と云ふ。藤左衛門殿は錦を著給ひつ。源兵衛殿は繍物をして金の文を着けて。など語る。
怪しう覚えて。やうれ。と呼べばこの。見て来。とて遣りつる男笑みて出で来て。大方かばかりの見物候はず。賀茂祭も物にても候はず。院の桟敷の方へ渡し合ひ給ひたりつる様は目も及び候はず。と云ふ。さていかに。と云へば。早う果て候ひぬ。と云ふ。こはいかに。来ては告げぬぞ。と云へば。こはいかなる事にか候ふらん。参りて見て来。と仰せ候へば目もたたかず能く見て候ふぞかし。と云ふ。大方とかく云ふばかりなし。
さるほどに。行遠は進奉不参返す返す奇怪なり。確に召し籠めよ。と仰せ下されて二十日余り候ひけるほどにこの次第を聞し召して笑はせおはしましてぞ召し籠めは許りてけるとか。