宇治拾遺物語 - 160 上緒の主金を得る事

今は昔兵衛の佐なる人ありけり。冠の上緒の長かりければ世の人。上緒の主。となん付けたりける。西の八条と京極との畠の中に怪しの小家一あり。その前を行くほどに夕立のしければこの家に馬より下りて入りぬ。見れば女一人あり。馬を引き入れて夕立を過ごすとて平なる小辛櫃のやうなる石のあるに尻を打懸けて居たり。小石を持ちてこの石を手まさぐりに叩き居たれば打たれて窪みたる所を見れば金色になりぬ。希有の事かな。と思ひて剥げたる所に土を塗り隠して女に問ふやう。この石は何ぞの石ぞ。女の云ふやう。なにの石にか侍らん。昔よりかくて侍るなり。昔長者の家なん侍りける。この屋は蔵どもの跡にて候ふなり。と。誠に見れば大きなる礎の石どもあり。
さて。その尻かけさせ給へる石はその倉の跡を畠に作るとて畝掘る間に土の下より掘り出だされて侍るなり。それがかく屋の中に侍ればかきのけんと思ひ侍れど女は力弱し。かきのくべうもなければ憎む憎むかくて置きて侍るなり。と云ひければ。我この石取りてん。後に目癖ある物もぞ見付くる。と思ひて女に云ふやう。この石我取りてんよ。と云ひければ。善き事に侍り。と云ひければその辺に知りたる下人の空車を借りに遣りて積みて出でんとするほどに綿衣を脱ぎてただに取らんが罪得がましければこの女に取らせつ。心も得で騒ぎ惑ふ。この石は女どもこそ由なき物と思ひたれども我が家に持て往きてつかふべきやうのあるなり。さればただに取らんが罪得がましければかく衣を取らするなり。と云へば。思ひがけぬ事なり。不用の石の代りにいみじき宝の御衣の綿のいみじき給らんものとは。あな恐ろし。と云ひて竿のあるに懸けて拝む。
さて車にかき載せて家に帰りて打ち欠き打ち欠き売りて物どもを買ふに米銭絹綾など数多に売りえて夥しき徳人になりぬれば西の四条よりは北皇嘉門よりは西人も住まぬうきのゆぶゆぶとしたる一町ばかりなるうきあり。そこは買ふとも価もせじ。と思ひてただ少しに買ひつ。主に。不用のうきなれば畠にも作らるまじ家もえ建まじ益なき所。と思ふに。価少しにても買はん。と云ふ人をいみじきすき者と思ひて売りつ。
上緒の主このうきを買ひ取りて津の国に行きぬ。舟四五艘ばかり具して難波わたりにいぬ。酒粥など多く設けて鎌又また多う設けたり。行きかふ人を招き集めて。この酒粥参れ。と云ひて。その代りにこの葦刈りて少しづつ得させよ。と云ひければ喜びて集まりつつ四五束十束二三十束など刈りて取らす。
かくの如く三四日刈らすれば山の如く刈りつ。舟十艘ばかりに積み京へ上る。酒多く設けたれば上るままにこの下人どもに。ただに往かんよりはこの綱手引け。と云ひければこの酒を飲みつつ綱手を引きていと疾く賀茂川尻に引きつけつ。それより車借に物を取らせつつその葦にてこのうきに敷きて下人どもを雇ひてその上に土はね掛けて家を思ふままに作りてけり。南の町は大納言源源定と云ひける人の家北の町はこの上緒の主の埋めて造りける家なり。それをこの定の大納言の買ひ取りて二町には成したるなりけり。それいはゆるこの比の西の宮なり。かく云ふ女の家なりける金の石を取りてそれを本体として作りたりける家なり。

宇治拾遺物語 - 161 元輔落馬の事